探索行動
探索はほとんどの動物で見られる基本的な行動で、餌、交尾相手、すみかの獲得などの決まった目的をもつもの、それまで経験したことがない環境に遭遇したときの状況調査を目的とするものなどがある。基本的で多様な探索行動について、主に行動生態学と生理学の立場から概説する。
探索行動とは
広義には、みずから運動する能力をもつ生物体において、生命の維持や種の存続などに役立つ資源を獲得するための運動とされる。とりわけ動物では、体の移動をともなう基本的な行動である。探索行動は、餌、交尾相手、すみかなど開始時から明確な目的をもつもの、新奇の環境に遭遇したときや慣れた環境の一部に変化が起こったときの状況調査を目的とするものなど、多様である。 動物の探索は、その高い運動能力で特徴づけることができるが、同時に様々な環境要因を知るための感覚機能も不可欠である。良質かつ豊富な資源を獲得するための探索は、必然的にコスト、すなわち時間と労力、さらには捕食者や寄生者に見つかるリスクをも負う行動である。また、どのような資源を得るにしても探索というプロセスは必ず含まれていることから、ほとんどの動物行動と探索は表裏一体の関係にあるといえる。
探索行動の分類
探索行動はその目的によって大きく3つに分類できる。第一は、餌、交尾相手、すみかなど明確な目的をもつ探索である。この場合の探索行動は、生理的(内的)要因または環境(外的)要因、あるいはこれら両方によってひき起こされる。例えば採餌行動は、空腹という生理要因や餌の匂いという環境要因によって説明される。このような探索を「目標指向型」とよぶ。第二は、新たな環境に遭遇したときや、見慣れた環境の一部に変化が起こったときの探索である。これは周辺の状況を把握することを目的としており、「新奇調査型」とよぶことができる。第三は、特に目的がない探索のための探索で、生理的要因あるいは環境要因によるものではなく、いわば「発散型」といえる。発散型探索は、ヒトでは散策などに相当するが、動物で議論されることはほとんどない。
探索の手段
動物の探索時には、視覚、聴覚、嗅覚など様々な感覚が用いられるが、感覚には受動的なものと能動的なものがある。例えば“匂いがする”(受動的)と“匂いを嗅ぐ”(能動的)であるが、探索では主に後者が用いられる。同様に視覚による探索においても、動物が視野の中の物体を次々と注視していく際、眼球や首の運動が起こる。このように感覚器の運動をともなう積極的な感覚を能動感覚という。 様々な物体の空間配置を把握しなければならない新奇調査型の探索では、物体から感覚的手がかりが放出されているとは限らない。匂い、音などの信号は、既に対象が決まっている目標指向型の探索では有力な手がかりとなる。このような信号を受容した動物は、それが強くなる方向に向かって移動すれば、いずれは信号源にたどり着くことができる。一方、未知の環境調査を目的とした探索ではそのような刺激物体の存在はあまり期待できない。その場合、視覚と触覚は有効な手段である。視覚は遠隔感覚(遠く離れた物体を感じること)であり、周囲の物体の位置、形、距離、大きさなどの特徴を知るための優れた手段である。しかし視覚は、あくまでも光が存在しなければ機能しない。したがって触覚のみが、効率は比較的劣るかも知れないが、物の存在を知るためには最も確実な手段ということになる。
探索パターンの理論
何も手がかりがない状況下で探索する動物の道筋(探索パターン)を考えると、大きく規則的かランダムかに分けることができる。ある一定のコスト(時間と労力)に対してどれだけの範囲を調査できるか、という概念を探索効率という。探索効率を上げるためには、調査域の重複を少なくするのがポイントである。ランダム移動は重複が生じやすく非効率的である。これに対して規則的移動は、重複のない探索が可能である。 最も単純な直線移動は、非現実的ではあるが、資源がランダムに分布するという前提条件のもとでは効率的な探索パターンである。ジグザク移動はやや複雑なターンの労力が生じるが、全体的に見ると一方向への移動なので、探索域の重複はほとんど生じない。実際にジグザク移動はダンゴムシなどで見られるが、探索効率のほか、障害物の多い環境における逃避、左右の肢にかかる負担の均等化に役立つと言われている。徐々に広がる渦巻き状のらせん移動は、重複が少なく、かつ複雑なターンも要さない。もし隣り合う軌道の間隔が知覚可能な空間幅と常に等しければ、探索もれも起こさない。このようならせん移動は、対象がたった一つに限定されている場合、それに遭遇できる確率が高く、理想的な探索方法である。このような理論的かつ計画的ならせん移動は、帰るべき巣を見失った鳥類、ダンゴムシ、アリなどで報告されている。彼らの移動軌跡は、決して整然としたらせん模様を描く訳ではないが、数理的に解析すると、らせん成分が断片的に含まれている。
目標指向型の探索パターン
動物が特定の資源を求める目標指向型の探索では、大まかにレンジングとローカル・サーチという二つの探索モードに分けられる。レンジングは資源に関して何も手がかりがない状態における広域の探索で、ここでは探索域の重複の少ない直線的移動が見られる。ローカル・サーチは手がかりを得た動物が、資源の位置を特定するときの局所的な探索で、探索域の重複をある程度ともなう。ローカル・サーチの結果、何も得られないと、動物はその場をあきらめて再びレンジングを始めることが多い。資源探索では、このようにレンジングとローカル・サーチを繰り返すことが、テントウムシ、ハエ、ゴキブリなどの昆虫のほか、鳥類など様々な動物で知られている。自然界において資源はランダムに分布することは少なく、むしろ群れをなしてパッチ上に分布することを考えると、このような探索は適応的な方法といえる。 ローカル・サーチは、資源の様々な状態によって特徴づけられる。例えばテントウムシのローカル・サーチでは、餌であるアブラムシの分布密度が高いと、時間あたりの捕獲数は増え、同時に移動距離は少なくなる。ハエでは餌のショ糖液の濃度が高いほど、より長時間そこに留まってローカル・サーチを続ける傾向がある。つまり以前経験した資源の質が、その後の探索パターンに影響する。 ローカル・サーチにおける探索パターンは、それまでの移動の過程を反映することもある。例えば、水平の板の上に直線、ジグザク、円弧など幾何学的ルールに沿ってショ糖液の滴を置くと同時に、途中でこのルールから外れる位置にも滴を置く。ここに放たれたハエは幾何学的ルールに従った滴を順々にたどって摂食する確率が高い。このことは、ハエがそれまでの資源の配置パターンから次の資源の位置を推測していることを示唆している。
探索パターンの遺伝的要因
探索パターンは、動物種はさることながら、系統によっても異なるため、その背景には遺伝的要因が明らかに存在する。ショウジョウバエや線虫など典型的なモデル生物では、行動を決定する遺伝子の研究が盛んにおこなわれており、餌の探索パターンについてもいくつかの異なる系統が知られている。このように同じ種で行動が遺伝的に異なることを行動多型という。例えばショウジョウバエの探餌行動において、roverという系統は盛んに歩き回るが、sitterという系統は移動性が低い。両系統の探索行動の違いは、foragingという名のたった1つの遺伝子がrover型であるか、あるいはsitter型であるかによって決定されている。foraging遺伝子は、神経細胞の情報伝達を調節する環状GMP依存性タンパクキナーゼを発現する。また線虫においても、ショウジョウバエと同様の行動多型を示す系統が知られている。この行動多型の原因は、哺乳類では摂食調節にかかわるとされるニューロペプチドYという神経伝達物質の受容体の相同遺伝子にある。このように探索行動は遺伝子によっても特徴づけられるが、外的および内的要因によっても当然大きく変容する。実際にショウジョウバエでは飼育条件を変えることで、roverがsitter様の行動を示したり、その逆も起こりうる。
参考図書
「動物の生き残り術:行動とそのしくみ」 日本比較生理学会編、共立出版、2009年