光感覚の進化
ほとんどの生物は、光をエネルギーや情報として有効に利用している。動物では、視覚や概日リズムの光調節などに光を利用している。光を利用するためのしくみとして、動物には専門の器官、細胞、タンパク質が進化し、それらは動物ごとあるいは生理機能ごとに実に多様である。その多様性と進化について、最近の分子レベルの研究からわかったことを交えてみていきたい。
眼の進化
多くの動物は光情報を視覚として利用している。そのための器官である眼は最も多様性に富む器官の一つといえる。脊椎動物はレンズと網膜を備えた眼を左右に一対もつのが一般的で、形や色を識別している。トカゲなどでは、さらに頭頂部に第三の眼として知られる頭頂眼をもつが、形の識別ではなく概日リズムの光調節に関わると考えられている。他に発達した眼としては、昆虫や甲殻類はたくさんの個眼が集まった複眼が有名である。タコやイカなどは外見上脊椎動物の眼によく似たレンズ眼をもつ。一方、タコやイカと同じ軟体動物のホタテガイは、外套膜に100個以上という多数の眼をもつ。単純な眼としては、扁形動物のプラナリアや刺胞動物のクラゲの眼点があげられる。これらは光を受容する細胞とある方向からの光を遮断するための色素細胞のみの簡単なつくりをしている。しかしながらクラゲの一種、アンドンクラゲは、レンズをもつ発達した眼をもつことから、体制の複雑さと眼の複雑さは必ずしも一致しない。このように、大きさ、形、数など多種多様な眼を系統的にならべるのは非常に困難に思えるが、これらの眼をつくるスイッチとなる遺伝子は共通しており、多様な眼はたった一つの共通祖先から進化したと考えられている。
脊椎動物の色覚の進化
脊椎動物の網膜には、薄暗がりではたらく桿体視細胞と明所で色覚を担う錐体視細胞が存在する。一般にヒトの網膜には、青、緑、赤に感受性のある光受容タンパク質(視物質)をそれぞれ含んだ3種類の錐体視細胞が存在し、三色性の色覚を支えている。さまざまな脊椎動物の錐体視物質を比較することによって、脊椎動物における色覚進化のシナリオがわかる。まず、約5億年前に存在していた脊椎動物の共通祖先は、赤、青、紫(UV)、緑の4色性色覚を持っていたと考えられる。実際、魚類、両生類、爬虫類、鳥類の多くは4色の錐体視細胞をもち、脊椎動物では4色性色覚が標準である。それに対し、ほとんどの哺乳類は2色性色覚である。これは、夜行性だった哺乳類の祖先が、視覚よりも嗅覚に依存した生活に適応し、その結果、4色の錐体視物質のうち青と緑視物質を失ったためとされている。そして、およそ数千万年前という比較的最近になって、ヒトを含む霊長類の系統で緑視物質が復活し3色性色覚となったわけである。
視覚以外の光感覚の進化
動物の視覚以外での光利用としては、概日リズムの光調節がよく知られている。概日リズムとは、動物が自律的にもつ24時間から少しずれた周期のリズムのことで、睡眠の周期もその一例である。このずれは、光を浴びることによってリセットされる。例えば時差ぼけの解消には太陽の光を浴びるのが良いとされるのはこのしくみのためである。哺乳類以外の脊椎動物では、松果体と呼ばれる脳の一部が概日リズムの光センサーとしてはたらくが、哺乳類の場合は眼がその役割を担う。網膜には視覚を担う視細胞に加え、何種類かの神経細胞が存在する。視細胞から出た光情報が最終的に統合されるのが網膜神経節細胞で、その一部の細胞が概日リズムの光センサーを兼ねている。興味深いことにこの光感受性網膜神経節細胞は、イカ、タコや昆虫などの無脊椎動物の視覚を担う視細胞と進化的につながっていると考えられている。