「脳の血流調節メカニズム」の版間の差分

提供: JSCPB wiki
ナビゲーションに移動検索に移動
 
(同じ利用者による、間の1版が非表示)
1行目: 1行目:
 +
[[Category:動物の生きるしくみ事典|ノウノケツリユウチヨウセイメカニスム]]
 +
 
== 脳血管 ==
 
== 脳血管 ==
  

2014年5月20日 (火) 14:38時点における最新版


脳血管

 図1は、生きたマウスの脳の血管構造を3次元的に画像化したものである。図を見て分かる通り、多くの血管が複雑なネットワーク構造を形成している。脳は、他の臓器と比べても多くの酸素とエネルギーを消費する。脳内に張り巡らされた脳血管ネットワークは、組織へのエネルギーや酸素を供給し、二酸化炭素や老廃物を排除する重要な役割をもつ。さらに脳血管は、神経活動と連動して血管内を流れる血液の量と速度を調節している。

Fig1HT.png

図1:マウスの大脳の血管ネットワーク(Yoshihara et al., 2013)

神経―血管カップリング

 脳内で神経活動が生じると、周辺領域の脳血管を流れる血液(脳血流)が局所的に増加する(図2は、マウスの大脳(体性感覚野)の表面から脳血流を2次元的に測定した画像である。左が脳表画像で、右が神経活動による脳血流増加率を示す)。このような局所的な脳血流増加は、神経活動の直後(数百ミリ秒以内)に生じ、活動期間中は高い値を維持し、神経活動低下とともに低下する。さらに脳血流の変化率は、周辺の神経活動量に依存する。このような神経活動と脳血流の密接な関係を、神経-血管カップリングと呼ぶ。神経活動時、基本的には血管平滑筋や血管内皮が弛緩して血管が拡張することで脳血流が上昇する。この神経から脳血流を上昇させるまでの過程では、多くの血管拡張因子が関与している。また、近年、アストログリアが、神経活動と血管との間をつないで血管拡張因子を放出するなど、血流調節に深く関与していることが明らかとなっている。また、血管を取り巻いているペリサイトと呼ばれる細胞が弛緩することで血管径をコントロールしていることが報告されており、また、ペリサイトは血管平滑筋の活動への関与も示唆されている。ただし、神経-血管カップリングのメカニズムは完全に明らかにされているわけでなく、今後も地道な研究が重要となる。

Fig2HT.png

図2:神経が活動すると活動部位に局所的な血流の上昇が生じる。

神経の活動時と抑制時の脳血流調節

 神経活動時の脳血流調節について上述したが、神経機能が抑制された時も脳血流に変化が生じる。代表的なものとしてCrossed cerebrallar diaschisis (CCD)があげられる。これは、脳梗塞などの疾患で大脳の一部が損傷すると、損傷領野が信号を送っている先の脳領野の神経入力が低下する(すなわち、器質的な障害を伴わない神経機能抑制の状態が生じる)。その結果として脳血流が低下するという現象である。CCDは、遠隔機能抑制とも呼ばれる。図3は、生きたマウスの脳に神経活動時と遠隔機能抑制1日後を再現した時の脳血管画像である。脳神経活動時には、活動前と比べて血管が拡張し、遠隔機能抑制1日後は、抑制前と比べて血管が収縮することが観察できる。 脳血流の主要なパラメーターとして血流速度と血流量があげられる。これまでにヒト(ポジトロン断層法(PET))やげっ歯類(レーザードップラー血流計)の脳血流測定において、神経活動時の血流増加は血流速度の増加が主に寄与し、遠隔機能抑制時の血流低下は血液量の低下が主に寄与することが明らかにされている。

Fig3HT.png

図3:生きたマウスの脳内の神経活動時および抑制時の血管径の変化

酸素環境に対する脳血流調節メカニズム

組織への酸素供給は、脳血流の重要な役割の1つである。しかし、これまで神経活動に伴う脳血流調節は、酸素環境の変化と関連しないことが言われている。例えば、急性の低酸素環境に置いたヒトの脳血流量をPETで測定したところ、低酸素状態と通常酸素状態とでは神経活動時の脳血管上昇率に違いがみられなかった。高酸素状態にしたヒトまたはげっ歯類では、酸素濃度が高い状態にあるにもかかわらず神経活動による脳血流上昇率は通常酸素状態より高いことが報告されている。しかし、近年の研究で脳血流に、酸素環境に対応して脳内の酸素の需要と供給をバランスするメカニズムが存在することが明らかにされつつある。まず、酸素環境に対する脳血流調節メカニズムを考えるうえで、酸素拡散能(酸素が血管から組織に拡散していく能力)とよばれるパラメーターが重要となる。この酸素拡散能は、血管径に依存して変化すると考えられている(血管拡張すれば酸素拡散能は高く、逆に血管収縮すれば酸素拡散能も低くなる)。例えば、高酸素環境では安静時の血管は収縮するため、酸素拡散能が低下する。このような状態では、神経活動に伴う酸素消費量の増加を補うために、通常酸素状態よりも高い脳血流増加率が必要となる。逆に慢性的な低酸素環境に置かれた動物の脳内では、安静時の脳血管が拡張し、酸素拡散能が高まる。そのため、神経活動に伴う脳血流増加率が通常酸素状態と比べて低い値となる。すなわち、安静時の酸素拡散能が上昇した状態は、血管から組織に酸素が伝わりやすい状態であるため、神経活動に伴う血流上昇率がたとえ低い値でも酸素消費を十分に補うだけの酸素が組織に供給できるということである。これらのことは、脳血流が酸素環境にあわせて酸素の需要と供給とをバランスさせる機能を持つことを示唆する。

脳血流調節と脳疾患

 脳血流調節機能が、正常に働かないことは様々な脳疾患に影響する。その1つにアルツハイマー病があげられる。認知症の1つであるアルツハイマー病は、神経細胞死から認知機能低下を引き起こし、病態が進行すると家族の顔もわからなくなるほど重篤な病気である。その原因物質の1つであるβアミロイドは、長い時間をかけて脳内に蓄積していき病態発症に関与すると考えられている。脳血流は、アミロイドを脳内から除去する役割の一部を担っている。一方でアミロイドが蓄積していくと、その毒性から血管機能障害を引き起こされる。その脳血管調節機能障害がアミロイドの除去機能の低下を引き起こし、アミロイドの蓄積を加速させるという負の連鎖があり、アルツハイマー病の増悪因子になると考えられている。この他にも、様々な脳疾患に脳血管機能障害が関与していることが多くの研究で報告されている。脳血流調節メカニズム解明は、これらの脳疾患の診断法や治療法の開発につながる基盤的知見としても重要である。