「タイマー型生物時計」の版間の差分
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一方、フタホシコオロギ(''Gryllus bimaculatus'')雄の性周期において極めて一定した期間があることが半世紀も前から報告されており、その時間を計り出すタイマー型時計の存在が示唆されていた。フタホシコオロギは亜熱帯性のコオロギで、その飼いやすさからかペットショツプ等でよくカエルやアロワナ等の餌にされるコオロギである。雄コオロギは求愛をし、雌コオロギが近づくとその下に潜り込み、精包を受け渡して交尾を終了する。交尾終了から約5分後、雄コオロギは次回の交尾のためのまだ固まっていない精包材料を外部生殖器に押し出す行動をする。この行動を精包準備行動という。その後雄コオロギは雌に対して性的に不活性な状態を続け、約1時間後に再度求愛行動を始める。この精包準備行動から求愛開始(または交尾反応の開始)までの期間は性的不応期と呼ばれており、個体によって極めて安定していることから、それを計り出すタイマー型生物時計の存在が示唆されていた。 | 一方、フタホシコオロギ(''Gryllus bimaculatus'')雄の性周期において極めて一定した期間があることが半世紀も前から報告されており、その時間を計り出すタイマー型時計の存在が示唆されていた。フタホシコオロギは亜熱帯性のコオロギで、その飼いやすさからかペットショツプ等でよくカエルやアロワナ等の餌にされるコオロギである。雄コオロギは求愛をし、雌コオロギが近づくとその下に潜り込み、精包を受け渡して交尾を終了する。交尾終了から約5分後、雄コオロギは次回の交尾のためのまだ固まっていない精包材料を外部生殖器に押し出す行動をする。この行動を精包準備行動という。その後雄コオロギは雌に対して性的に不活性な状態を続け、約1時間後に再度求愛行動を始める。この精包準備行動から求愛開始(または交尾反応の開始)までの期間は性的不応期と呼ばれており、個体によって極めて安定していることから、それを計り出すタイマー型生物時計の存在が示唆されていた。 | ||
− | ==所在== | + | ===所在=== |
これまでに、雄フタホシコオロギのタイマー型生物時計についてはその所在及び、性質が明らかになっている。昆虫の神経系ははしご形神経系と呼ばれており、複数の神経節が2本のコネクティブによって繋がっている。フタホシコオロギの場合、頭部に脳神経節を含む2つ、胸部に3つ、腹部に5つの神経節が存在している。この内、前述のタイマー型生物時計は腹部最末端の最終腹部神経節(TAG)にあることが、局所冷却実験により分かっている。TAGは生殖器に最も近いため外部生殖器からの神経の入出力が多く、生殖に関わる事象に多く関わっている神経節であり、タイマーもここに局在している。 | これまでに、雄フタホシコオロギのタイマー型生物時計についてはその所在及び、性質が明らかになっている。昆虫の神経系ははしご形神経系と呼ばれており、複数の神経節が2本のコネクティブによって繋がっている。フタホシコオロギの場合、頭部に脳神経節を含む2つ、胸部に3つ、腹部に5つの神経節が存在している。この内、前述のタイマー型生物時計は腹部最末端の最終腹部神経節(TAG)にあることが、局所冷却実験により分かっている。TAGは生殖器に最も近いため外部生殖器からの神経の入出力が多く、生殖に関わる事象に多く関わっている神経節であり、タイマーもここに局在している。 | ||
− | ==温度補償性== | + | ===温度補償性=== |
生物時計は外部温度を変化させても、ある程度まではそのリズムが補償されものが往々にしてある。これを温度補償性という。しかし、コオロギのタイマー型生物時計においてはQ10が約2.0である。つまり、10℃の温度変化でその速度は2倍になり、外部温度の変化によってその時間が左右されることが分かっている。このことから、コオロギのタイマー型生物時計のしくみは生化学的なものであることが示唆されている。 | 生物時計は外部温度を変化させても、ある程度まではそのリズムが補償されものが往々にしてある。これを温度補償性という。しかし、コオロギのタイマー型生物時計においてはQ10が約2.0である。つまり、10℃の温度変化でその速度は2倍になり、外部温度の変化によってその時間が左右されることが分かっている。このことから、コオロギのタイマー型生物時計のしくみは生化学的なものであることが示唆されている。 | ||
− | ==生体アミンによる修飾== | + | ===生体アミンによる修飾=== |
動物の行動は、生体アミン等の化学物質によりコントロール及び修飾されることが多い。特に無脊椎動物においてはその効果が比較的短時間で現れる。このタイマーのしくみを探るために、精包準備行動直後に様々な薬物を投与し、その影響が調査された。その結果、オクトパミン(10<sup>-2</sup> M, 0.05 ml)により投与前の約80%に短縮し、セロトニン(10<sup>-2</sup> M, 0.05 ml)により約70%に短縮することが報告されている。さらには、セロトニンの前駆物質である5-HTPの投与(10<sup>-2</sup> M, 0.05 ml)によって、投与直後では約70%、次の性的不応期ではなんと約40%にまで短縮することが報告されている。これらの生体アミンがなぜこのように性的不応期の短縮をもたらすのかについてはよく分かっていないが、時間計測のしくみにセロトニンニューロンが関与している可能性は十分にあろう。 | 動物の行動は、生体アミン等の化学物質によりコントロール及び修飾されることが多い。特に無脊椎動物においてはその効果が比較的短時間で現れる。このタイマーのしくみを探るために、精包準備行動直後に様々な薬物を投与し、その影響が調査された。その結果、オクトパミン(10<sup>-2</sup> M, 0.05 ml)により投与前の約80%に短縮し、セロトニン(10<sup>-2</sup> M, 0.05 ml)により約70%に短縮することが報告されている。さらには、セロトニンの前駆物質である5-HTPの投与(10<sup>-2</sup> M, 0.05 ml)によって、投与直後では約70%、次の性的不応期ではなんと約40%にまで短縮することが報告されている。これらの生体アミンがなぜこのように性的不応期の短縮をもたらすのかについてはよく分かっていないが、時間計測のしくみにセロトニンニューロンが関与している可能性は十分にあろう。 |
2009年5月7日 (木) 17:55時点における最新版
動物は体内の時計を用いて時間の経過を知り、環境の変化や自身の状態を知ることができる。この時計には年、日、時間を計り出すものと様々なものがある。この中でも最近、1時間を計り出すタイマー型時計について、コオロギを用いた研究で明らかになってきたことについて述べる。
生物時計のいろいろ
動物は、周囲の環境の変化に合わせて行動を制御することが知られている。季節や潮干等のサイクルの長い環境変化や、1日や数時間の比較的サイクルが短いものまである。よく知られているものの1つに、1日周期の概日時計がある。これは、ほぼ24時間周期の継続的に動き続ける時計が時間を知らせ、その動物の1日の活動性を制御する。このしくみについては、ハエやコオロギ、ゼブラフィッシュを用いた研究において分子レベルで詳しく解明されつつある。
タイマー型生物時計とは
一方、概日時計のような継続的に動き続けるものとは異なり、ある時点からの時間を計測するタイマー型の時計があることが知られている。つまり、砂時計のようなものである。これがタイマー型の生物時計と呼ばれている。
タイマー型砂時計のいろいろ
一例として、光周性による行動の変化がある。ある種のアブラムシは、長日条件下で単為生殖をおこなうが、短日条件下では異性と交尾をおこない産卵する。この際、暗期の時間をタイマー型時計により計測しているらしい。このタイマーは脳にあるらしいが、詳細はまだよく分かっていない。 また、昆虫の交尾行動においてもタイマー型時計が関与している例が報告されている。雌のキイロショウジョウバエは、交尾により雄から受け取った精包による交尾嚢への刺激による短い期間(24時間)の抑制と、受精嚢に移動した精包の内容物の刺激による長い期間(1週間)の抑制により交尾後、雌は雄を拒否する。その後、精包の収縮及び精包の内容物の減少によりこの抑制は解除される。さらに、雌のモンシロチョウは交尾により精包を受け取ると、それによる交尾嚢への刺激が次回の交尾行動を抑制する。この抑制は、精包の消失によって解除される。しかし、これらの雌による交尾行動の抑制は、交尾による精包及び精子の機械刺激がもととなり、交尾拒否の時間も一定ではない。
雄フタホシコオロギのタイマー型生物時計
一方、フタホシコオロギ(Gryllus bimaculatus)雄の性周期において極めて一定した期間があることが半世紀も前から報告されており、その時間を計り出すタイマー型時計の存在が示唆されていた。フタホシコオロギは亜熱帯性のコオロギで、その飼いやすさからかペットショツプ等でよくカエルやアロワナ等の餌にされるコオロギである。雄コオロギは求愛をし、雌コオロギが近づくとその下に潜り込み、精包を受け渡して交尾を終了する。交尾終了から約5分後、雄コオロギは次回の交尾のためのまだ固まっていない精包材料を外部生殖器に押し出す行動をする。この行動を精包準備行動という。その後雄コオロギは雌に対して性的に不活性な状態を続け、約1時間後に再度求愛行動を始める。この精包準備行動から求愛開始(または交尾反応の開始)までの期間は性的不応期と呼ばれており、個体によって極めて安定していることから、それを計り出すタイマー型生物時計の存在が示唆されていた。
所在
これまでに、雄フタホシコオロギのタイマー型生物時計についてはその所在及び、性質が明らかになっている。昆虫の神経系ははしご形神経系と呼ばれており、複数の神経節が2本のコネクティブによって繋がっている。フタホシコオロギの場合、頭部に脳神経節を含む2つ、胸部に3つ、腹部に5つの神経節が存在している。この内、前述のタイマー型生物時計は腹部最末端の最終腹部神経節(TAG)にあることが、局所冷却実験により分かっている。TAGは生殖器に最も近いため外部生殖器からの神経の入出力が多く、生殖に関わる事象に多く関わっている神経節であり、タイマーもここに局在している。
温度補償性
生物時計は外部温度を変化させても、ある程度まではそのリズムが補償されものが往々にしてある。これを温度補償性という。しかし、コオロギのタイマー型生物時計においてはQ10が約2.0である。つまり、10℃の温度変化でその速度は2倍になり、外部温度の変化によってその時間が左右されることが分かっている。このことから、コオロギのタイマー型生物時計のしくみは生化学的なものであることが示唆されている。
生体アミンによる修飾
動物の行動は、生体アミン等の化学物質によりコントロール及び修飾されることが多い。特に無脊椎動物においてはその効果が比較的短時間で現れる。このタイマーのしくみを探るために、精包準備行動直後に様々な薬物を投与し、その影響が調査された。その結果、オクトパミン(10-2 M, 0.05 ml)により投与前の約80%に短縮し、セロトニン(10-2 M, 0.05 ml)により約70%に短縮することが報告されている。さらには、セロトニンの前駆物質である5-HTPの投与(10-2 M, 0.05 ml)によって、投与直後では約70%、次の性的不応期ではなんと約40%にまで短縮することが報告されている。これらの生体アミンがなぜこのように性的不応期の短縮をもたらすのかについてはよく分かっていないが、時間計測のしくみにセロトニンニューロンが関与している可能性は十分にあろう。